学生時代から考えてきて、1ヶ月仕事をした上でも正しいと思えることに「仕事はおもしろくなくてはならない」ことが挙げられます。
もちろん先輩諸氏には
- まじめにやれ
- 人の命を預かるのに面白いとは何事か
- 社会ってのは楽しいもんじゃなくて辛いもんなのよ
- 金貰うってことがどういう意味か分かってる?
など様々な反対意見があることと思います。しかしここで私が言う「おもしろい」とは刹那的に「愉しい」ことを意味するものではありません。「おもしろい」とはつまり「興味を持てる」ことを意味しています。
仕事とは興味が持てるものでなくてはならない。そう言い換えると、納得していただける方も多いのではないでしょうか。
仕事がおもしろいとどうなるか
仕事がおもしろいとどんな効果が得られるのでしょうか?それは仕事の効率化および成果向上です。
人が物事に大した興味を持たないとき、その表面だけを見て大枠を知ろうとします。そして本質を知ることなく、知ったつもりになって終わるのです。しかし人が物事に興味を持つとき、その物事をより深く広く理解しようとします。そしてこの姿勢が理解のスピードと正確性を高めます。*1
つまり興味を持てることは少ないコストで対象について学習できる(仕事を効率化する)ことになるのです。そしてそれは短時間で多くの学習と成果を生み、充実感を生むことになり、次の仕事を加速します。仕事というサイクルにおいて、正のフィードバックが働くのです。
また同じ内容を短い時間でキャッチアップできる人がそうでない人よりもより高い評価を受けるのは、ほとんどの仕事において共通でしょう。
例えば人の命を預かる看護師でも、人体の仕組みに興味を持てる人とそうでない人では学習の深さが違ってくるでしょう。そして興味を持った看護師の方が患者に余計な苦痛を与えずに済み、患者からより高い評価を受けることになります。
プログラマという職業において、プログラミングでメシが食えるか!?では「プログラマーの能力には27倍の差がある」とされています*2。この差の大部分は興味の有無によって決定づけられるに違いありません。
他人を超えるためにおもしろがる必要がある
仕事をおもしろいと思わない人が仕事に向き合うとき、それは決して全力での取り組みにはなりえません。そしてそれは仕事のあるべき姿から労働者を遠ざけることになります。
これも近いうちにまとめたいのですが、本来仕事は他人よりも上手くできることであるべきです。顧客が自分でやった方が安いし早い上手いということになれば、企業(およびその構成員)の存在価値がありません。顧客よりも安く早く高い成果を挙げられるからこそ、企業すなわちプロフェッショナルとしての存在価値が認められます。
そして顧客とは非常に多様な存在ですから、すべての顧客に勝てる(企業として最大の効果を上げられる)ためには仕事をおもしろがる必要があります。そうでなければ、それをおもしろがる顧客には勝てないからです。
「仕事がおもしろくない」ことを仕事のせいにして良いのか?
幸いにして仕事をおもしろがらない人が周り(両親や先輩)にいないため、これに関しては深い考察ができません。テストケース不足です。ただ雑誌に載るような「仕事をおもしろがれない人」が本当にいるならば、彼らは2つの失敗をしていると思います。それは
- 平均的に自分自身についての考察が弱い
- そもそもおもしろくない仕事を選んだ時点で間違い
です。自己分析から現状の楽しみ方を見いだせるはずですし、あとから文句を言うならば事前に考えておくべきです。
結論
仕事は労働者にとっておもしろいものでなければならない。
労働者は仕事をおもしろがらなければならない。