年度が切り替わったタイミングで、医療情報システムの今と未来について思っていることをまとめておきます。
公開情報をもとにした私見です。筆者は医療情報技師&情報処理安全確保支援士(登録番号028693)ではありますが医療業界に来てまだ短い若輩者ですので、お気付きの点があれば Twitter (X) アカウントまでお寄せいただけると嬉しいです。
医療DXというビジョンを国が掲げる難しさ
高齢者の増大などに伴い介護や医療の需要が増大していく一方で労働人口が減少するという事実や、コロナ禍で経験したいわゆる”デジタル敗戦”の経験をもとに、国では医療DXを進めている、と認識しています。特に直近では医療DX令和ビジョン2030を掲げています。ただDXといえばシステム化や情報化以上に運用の見直しが重要であることが以前から言われていますが、国のような大きな枠組みでそこまで踏み込んだ議論には事実上できていません。
たとえば先月末に公開された電子カルテやレセコンの標準仕様にも「医療機関における標準的な業務フローを規定するものではない」と明記されてしまっています。医療機関ごとに目指す医療が異なる以上、標準フローを規定することそのものが難しいというのは一定あるとはいえ、最初から白旗を上げている印象を持ちます(全国医療情報プラットフォームとの連携を仕様に盛り込むことで、将来の可能性を残しているようにも見えるか)。
他の事例として診療報酬周りでは、複雑化した診療報酬や負担額の算定をリファクタリングするという発想ではなく「共通算定モジュール」によってシステム改修の機会を減らすという発想になっていて、現行の制度や運用にメスを入れにくいためにシステム化やデジタル化にフォーカスが当たりがちな現状を色濃く映していると感じます*1。
このように医療DXの牽引を国がやることには一定の難しさがありそうです。そもそも医療の実態はデータ化されていない領域が多く、またデータ化されていても他のデータベースと連結が必要であり、全体が把握できていないことも多いようです。こういった問題もあり、まずは可視化を兼ねて情報化を推進しているのが状況と理解しています。
2030年までに電子カルテの普及率を約100%にするとしている
こうした変化には強力なリーダーシップと充分な財源が必要です。しかし現在の日本では充分な財源はあてにできませんので、資金を効果的に使ってリーダーシップを発揮していくことが求められます。国は電子処方箋と電子カルテ・共有サービスの一体的な導入を進めて「患者の医療情報を共有するための電子カルテを整備するすべての医療機関への導入を目指す」としており*2、そのために「2026年夏までに、電子カルテ/共有サービスの具体的な普及計画を策定する」としています*3。先日クラウドネイティブ型電子カルテへの補助金も出ています。
消費税変更が検討されるたびにレジなどのシステムの改修が大変だという話題になりますが、理屈の上ではすべての医療機関が更新しやすいクラウド電子カルテを使うようになれば、こうしたシステム都合の縛りは減ります。また全国医療情報プラットフォームとの接続性も改善されるので、国が各種情報を把握しやすくもなっていくでしょう。政策の検討と実施のサイクルを高速に回せるようになるはずです。
ただ普及率約100%はかなり挑戦的な目標だと考えます。2023年の調査では2,427(34.4%)もの一般病院が電子カルテを使っていない状態でした。本格的な普及施策が2026年夏から加速すると仮定し、また電子カルテの導入には1年近くかかるケースがある=2029年春が実質的なデッドラインと考えると、4年分の時間と予算、そして1度の診療報酬改定で2,000近い医療機関に電子カルテを入れることが求められます。これは、結構難しいんじゃないかなと。電子カルテを入れない判断をする医療機関に強いディスインセンティブを設けるか、電子カルテを入れることによる強いインセンティブを設けるかが必要になりますが、電子カルテという基幹システムを入れることは人材・体制・設備すべての面において投資が必要です。後述しますが特に人材の確保と受入れのための体制づくりがこの短期間では難しいように思います。

医療情報システム人材の確保・普及は難しい
以前未来投資戦略2017で2020年までに400床以上の一般病院における電子カルテの普及率を90%に上げるというKPIを設定しており、実際2020年にこれは達成されました。その点では実績ある挑戦とは言えるのかもしれません。
しかし今回は中小病院も対象となっています。中小病院は数が多いことに加え、特に小規模医療機関では情報システム部門が存在しないことに留意が必要です。今回の診療報酬改定では医療情報システム安全管理責任者が情報セキュリティマネジメントや情報処理安全確保支援士の資格を有していることが望ましいとされるようですが、そんな人は小規模病院にはまずいないでしょう。ちょっとパソコンに詳しい人がシステムを見ていたり、事業者に完全に丸投げる体制になっていたりして、主体的に情報化や医療DXを進めることが難しくなっています。

ではそうした能力を持つ技術者が今後小規模医療機関で採用されるかというと、難しいでしょう。一般に医療機関の情報システム部門の待遇は良いとは言えず、いま会社で働いている経験ある技術者が病院で働くことを決断することは特別な事情がない限り難しいのではないかと思えます。もちろん新卒採用で入ることも、報酬面だけから考えても少ないかなと……。
これについては国もすべての医療機関に医療情報システムの専門家が専任する未来は思い描いていないようで、小規模医療機関にはITパスポートレベルを一つの目安とした基礎的なITリテラシーを持つ担当者を置いて、コンサルや他の医療機関の人材が顧問となったりセキュリティチェックを行ったりという体制を目指すことが「安全な地域医療の継続性確保に資する医療機関における情報セキュリティ人材の育成と配置に関する研究班」によって提言されています。ID管理や端末台帳管理なんかをメインとして、NWやシステムの設計は他に任せる体制となるようです。


この提言には少なくとも各都道府県に1施設は「指導的な立場の医療機関」の配置を目指すと書かれていますが、「支援」が施設基準等を通じて収入に貢献しない限りは難しいのではないかと思えます。逆に言えば補助金なり診療報酬設計なりで充分な動機づけを行うことが推進の鍵になるはずで、特に採用は長期にわたる投資判断ですから、補助金よりも診療報酬設計によって補われるべきと考えます。2028年の診療報酬改定で、どこまで医療情報システムや情報セキュリティがわかる人材が重視されるか?がひとつ未来を占う鍵になるのではと思います。
この体制が実現すると、高い専門性を持つ人材なしで投資判断やガバナンスをきかせることが求められる経営(医療情報システム安全管理責任者)の責任がより重大になるでしょう。院長や事務長などの皆さんの説明責任はますます増えそうです。またGroup Aの担当者が他院のシステムの全体像を容易に把握できることが求められることから、Group CやGroup Bが使うシステムにおいても高いレベルの統制が求められるのではないでしょうか。誰が管理してるかわからないVPNサーバがそのへんに置いてある、みたいな体制はより説明がつかなくなっていくかなと。端末台帳管理もそうですが、ID管理の決定版みたいなのが欲しくなりますね。医療機関はけっこう認可周りが細かいのと短期バイトの存在、共有端末の存在が特徴的だよなと感じています。
落としどころとしてこうなるんじゃないかという想像
という感じで様々な困難さが横たわってはいるものの、少しずつデータが集まるようになれば日本における医療機関経営の型が見えてくるはずです。また全国医療情報プラットフォームや「指導的な立場の医療機関」が整ってくることで、より「日本における医療機関の医療情報システムはこうあるべき」がパターン化されるようになるでしょう。こうなるとハードウェアからネットワーク、ガバナンスに職員教育まで含めたパッケージ提案が現実的になっていくので、というか小規模医療機関にはネットワーク機器や利用端末を選定する能力が備わらない前提が共有されるので、ネットワークやインフラの事業者はより広い範囲を自らの責任分界に含めていくでしょう。これによって医療機関はより「所有から利用へ」を推し進めやすくなるのではないでしょうか。国が電子カルテやレセコン周りでAPI連携の標準仕様を考えようとしているのも追い風です。
逆に責任分界点が明確にできない医療機関や、Group Cの人材すらも確保ができない医療機関では、合理的なコストでの情報化やDX推進ができなかったりサイバーセキュリティ上のリスクが高い状態が続くことになるでしょう。医療サービス以外の局面でも淘汰が始まるのかもしれません。
まとめ
国は医療DXを実現するための情報化を進めている状況にありますが、2030年までにこれを終えるのはかなり強いリーダーシップと充分な動機づけがないと難しいのではないかと感じます。そしてそれは補助金の設計以上に、2028年の診療報酬改定が鍵になりそうです。2028年の改正までにシステムや統制のありかたが明確になり、Group Aを中心としたエコシステムが見えてくるのか?2030年までに情報化が進んでデータが集まり、いよいよDXの本丸に注力できるようになっていくのか?あたりを個人的には気にしていきます。






