Kengo's blog

Technical articles about original projects, JVM, Static Analysis and TypeScript.

システムで世界を変えるにはシステムだけでは足りない話

現職でPodcastの放送が始まりまして、私と id:Songmu さんで開発しているプロダクトや開発技術や開発体制、課題などの開発の現状について話しました。

本ブログ読者の方には「音声よりも活字だぜ!」という私みたいな方も多いのではと思います。先日文字起こしも出ましたので、お好きな方をご覧いただけば幸いです。

システムでは手が届かない部分と、システムエンジニアのレゾンデートル

さてこのポッドキャストでもちょっと触れたんですが、ITシステムを通じたイノベーションに取り組んでいると「ITシステムでは手が届かない部分」がどうしても出てきます。というか届かない部分がほとんどです。

たとえば育児休業や児童手当の申請手続。こうした制度はそもそも設計が複雑で、自治体ごとにフォーマットが違ったり、必要書類がバラバラだったりと、利用者の立場からすれば非常に“遠い”存在でした。マイナポータルのようなオンライン窓口は以前からありましたが、書類は郵送、申請は窓口、必要情報は自分で調べてね、という状況が長く続いていました。情報システムの力があっても、制度や慣習という「壁の向こう側」に手が届かない例のひとつだと言えます。

もちろんITシステムが手を出せる領域はセンサーや自然言語処理といった技術革新によって徐々に増えてきていますし、まさに生成AIによるブレークスルーが激しいフィールドではあります。それでも人間社会の課題はまだまだシステムだけでは解決できない問題が数多く残ることは確信できます。我々がやりたいのはデータをこねくり回すことではなく、未だ社会に横たわる課題をぶっ壊すことなので、情報技術をどう使うと人間をより幸せに近づけられるかという「解決ではないモノを解決を生むために使う」ための工夫が必要です。そしてその工夫は「人間の不完全さ」にも「ITシステムの融通利かなさ」にも歩み寄れる、またITシステムでは手が届かない「壁の向こう側」に飛び込める、我々システムエンジニアから今後も出ていくことでしょう。

公共政策という粘り強い根本解決

で、最近感じているのはただ「壁の向こう側」に飛び込むだけではなく、壁を壊す、壁を作り直すといった「壁を動かす」アプローチがけっこう有効なのかもしれないということです。もちろん人間を完全な存在にするとかシステムに融通を利かせるとかそういう話ではなく、業界の慣習や人間社会の在り方といった活動を通じて壁に働きかけるという話です。

たとえば先ほどの例では、マイナポータルを通じて育児や介護に関する各種申請がオンラインで完結できる仕組みが整いつつあります。これは単に「ITシステムを作った」ではなく、各自治体が提出書式や確認プロセスをすり合わせ、法制度も見直されたからこそ成り立っているものです。技術は以前から存在していたけれど、それが“届く範囲”は制度設計によって大きく左右されます。これはまさに「壁を動かす」ような話です。

どの業界にもまず間違いなく、長い歴史と積み重ねられたシステムがあります。中には血で書かれたものもあり、軽い気持ちで変えるべきものではないことは明らかです。一方で情報技術や社会の変遷についてこれていないものも少なからずあり、それが「壁の向こう側」を作っている現実もあります。

そして個人的には意外だったこととして、国や関係機関はその問題を認めて行動しようとしています。前述の例もそうですし、医療関係で言えば省庁が医療情報システム向けに出しているガイドラインもシステムの流行り廃りを踏まえて更新されています。そして企業はデータや実際の運用を握っていますから、改善のモチベーションを持っている国や関係機関とのコミュニケーションを間違えなければ互助関係を構築できるはずなのです。前職でも国や大学とのコラボレーションはやっていましたが、今回より高い解像度で公共政策を見ることができて、とても勉強になっています。

人がソリューション、ITシステムはテコ

まとめると、壁の手前側にしか影響できないITシステムで壁の向こう側を巻き込んだ課題解決をすることはもともと困難ですが、イノベーションによる社会課題の解決にはこれが不可欠です。このときに壁を所与の条件として扱うのではなく解決可能なものとして捉えて協調することで、どのような業界でもより良い課題解決に繋がるのではと感じます。

そして壁を動かすのも壁の向こう側に飛び込むのも人なので、ITシステムはいかにそういった人を助けるかとか、壁を動かしたあとのワークフローをきちんと自動化するとか、そういう人間の在り方や能力を拡張する補助的な存在になっていくべきなんだろうなと思います。私もやはり仕様や機能について議論しがちなんですが、ITシステムが運用された結果として人がどう嬉しくなるのか、に改めて着目してITシステムの開発と運用に関わっていければと思います。