Kengo's blog

Technical articles about original projects, JVM, Static Analysis and TypeScript.

「New Relic実践入門」感想、あるいはなぜ監視SaaS使うんだっけという話

New Relic アニキこと清水さんから共著書「New Relic実践入門」をいただきました。ありがとうございます。清水さんにはかつてRDBMSの性能調査をいかに効率的かつ実践的にするかご教示いただいた恩があるのですが、今もその道を追求し活躍されていると知れて嬉しく思います。

破壊的イノベーションを現場の「あたりまえ」にする本書

さて本書は「Part 1. New Relicを知る」「Part 2. New Relicを始める」「Part 3. New Relicを活用する」の3部で構成されていますが、特に「Part 1. New Relicを知る」が割り切った構成になっています。「監視とは何か?」「既存手法にはどのような限界があったか?」「近年の技術革新による新たな課題は?」といった背景をすべてすっとばし、いきなり「オブザーバビリティとは何か?」の説明から入っているのです。まるでTypeScript入門書でJavaScriptの説明を省略するような思い切りの良さです。

結果的にはこの思い切りが、幅広い読者にオブザーバビリティという概念を先入観なく伝えるための仕組みとして作用したように感じました。オブザーバビリティが従来の概念に積み上げる持続的イノベーションではなくDevOpsのような破壊的イノベーションである*1ことを踏まえると、複雑な現状を取っ払ってあるべき姿をまず描くこのアプローチは合理的です。

またNew Relicの利用者は開発者からマネージャまで多様な役割を想定しているようなので、運用技術的土地勘があまり無い読者にも読みやすいというのは狙ったところなのかなと思います。若手からシニアまでまぜた読書会とかもやりやすそうです。これはマネジメントやテックリードとしては「チームに共通理解と合意をもたらす手段」として活用できるというということで、けっこう重要だと思います。

なおPart 2. 以降で既存手法の課題についても都度整理されますし、Part 3. でもケーススタディがこれでもかと出てきます。ので運用経験者も改善手法を学ぶ技術書として興味を持って読めると思いますし、若手とのコミュニケーション手段にもできるかもしれません。

実際にわかりやすく実践入門できるのかという話

入門書を名乗るからにはちゃんとNew Relicに入門できるのかというのは気になるところです。筆者の場合は本書を読んで1日ほどで、手元のspring-boot webfluxアプリにAPM, Infrastructure, Synthetics, Browserを導入してダッシュボードでパフォーマンスを確認するところまで持っていけました。スクリーンショットや表が多くわかりやすく構成されているのと製品のUIが統一されているのとで、さほど迷わなかったと感じます。

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最終的に得られた解析結果

残念ながらJava agentの最新リリースである7.3.0はJava 17に対応しておらず、ランタイムをJava 16にダウングレードする必要がありました。これは次の7.4.0リリースで対応されるようです。

github.com

なぜ私達ソフトウェアエンジニアはSaaSを監視に使うのか

O'Reillyの「入門 監視」§2.3では、監視ツールはまず「作るのではなく買う」のが大切だと述べています。そのほうが安く良いものを得て、プロダクトにフォーカスできるからです。

本書も§4.1.2において、「運用のための運用」問題を解決する手段としてNew Relicが有効であると主張しています。そもそも監視ツールはIaaSやPaaS、CDNなどのビルディングブロックが不調に陥っても正常に稼働することが求められるため、可用性や対障害性能といった要求が非常に高いのが特徴です。最悪、開発したいプロダクト以上に運用に力を入れるなんてことにもなりかねません。ので監視ツールを「作るのではなく買う」のは多くの場合、合理的な選択になるでしょう。

これに加えて本書§2.1.4では以下に引用するようにノウハウ、すなわち試行錯誤や積み重ねの結果をすべてのエンジニアに提供することを目指していると述べています(強調は筆者による)。オブザーバビリティの重要性を理解して多くの事例を見て支えてきたであろうSaaSベンダーのノウハウを使える、巨人の肩に乗れるというのも、監視にSaaSを使う大きな理由になるでしょう:

次に重要なステップが、収集したテレメトリーデータを意味のある情報として分析、可視化することです。つまり、ありとあらゆるデータを収集できていたとしても、その情報を活用できるかどうかがオブザーバビリティの真価を発揮できるかどうかの分かれ目となります。 従来、この作業は熟練したエンジニアのスキルと経験が必要とされるものでした。New Relic Oneではそのスキルと経験に代わるノウハウを、すべてのエンジニアに提供するということを目指しています

本書の魅力として最後に忘れてはいけないのは、New Relic日本法人に強力な技術メンバーが揃っていることの証明になっている点です。この本は日本法人による書き下ろしで、翻訳本ではないそうです。そして執筆陣10名のうち3名を個人的に存じ上げているのですが、いずれも魅力ある優れたエンジニアです。彼らのような専門家が日本の商習慣や組織を理解して顧客を支えてくれるサービスが日本にある、というのが本書が一番言いたいことなのかなと思いました。職場楽しそう。

オブザーバビリティの入門としておすすめの一冊

ということで単にオブザーバビリティを学ぶ入門書としても、New Relicというサービスを活用し実践する参考書としても、現場にある課題に立ち向かうヒントを得るための事例集としても活用できる興味深い一冊だと思います。運用の現場に関わっている方はもちろんそうでない方も「今技術をフル活用すると、どこまでサービスの実態から洞察を得られるのか?」を考えるきっかけを得ることができるはずです。New Relicを使うにしても使わないにしても、読んでみて損はないと思います。

*1:これは本書の主張ではなく筆者の意見