人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし、とは徳川家康の言葉らしいですね。この記事では人生という旅路を振り返ること無く歩んでしまうと自己成長と健康に良くないので、ちょいちょい振り返りをするといいですよ、そのためにはコーチングというものを知っておくと捗りますよ。という話をします。
エンジニアにとって振り返りというとポストモーテムのイメージがあるかもしれませんが、今回対象にしているのは個人の活動に対する組織的な振り返りのことで、人材育成の文脈でフィードバックと呼ばれるものです。目標管理(MBO-S)とかOKRとかもこれに含まれます。
読み手としてはマネジメントも想定しますが、どちらかと言えば新社会人ないし組織運営の観点を補強したい方に向けています。コーチングは「コーチングのしかた」という技法も重要ですが「コーチングというものがあるのだ」という認知もまた自己成長と健康に役立つと考えています。よってコーチングを受ける側の新社会人の方にも役立つでしょう。
フィードバックとは教えることと答えを出す助けをすること
まずフィードバックを定義しましょう。私は中原先生の定義が好きでよく使っています。「Feedback = Teaching + Coaching」というもので、明確な答えがあることを教えるティーチングと、自ら答えを見出すことを助けるコーチングをあわせてフィードバックと呼ぶわけです。
ティーチングは学習機会を提供することで、例えば業務や事業領域についての知識を伝えることを指します。例えばJavaの書き方とか、サイバーセキュリティ教育とか、PRレビューのやり方とか、社史であるとか、こうした学習機会の提供は多くの職場でやっていると思います。特にオンボーディング(入社時教育)で頻出のイメージがあります。ティーチングは答えがあるものを扱うため、理解度を試験で確認することができます。
コーチングは逆に、答えのないものを扱います。前述の書籍から説明を引用します:
コーチングを最も簡潔に要約してしまえば「他者の目的達成を支援する技術」です。それは、育成する相手に「現状」と「めざすべきゴール」のギャップを、第三者からの「問いかけ」によって意識化させ、振り返り(リフレクション/内省)を促し、「今後、何を為していくべきか」の行動指針や行動計画をともに作っていく技術です。
(フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術 第一章)
問いかけを受けて足を止め後ろを振り返ることが、旅路には有効に作用することも多いんですね。これ単体でも掘り下げて話せるような深い話題ですが、今回は話に具体性を持たせるため、メジャーなコーチングの場である1on1に絞って話していきます。すなわち職場において部下が、上司や同僚による「現状と目指すべきゴールのギャップ」についての問いかけを受けて振り返りを行い、今後の行動指針や行動計画をともに作っていく場面を想定します。目標管理やOKRの現場ではよくある姿ですね。
1on1の真の価値、あるいはなぜ1on1に準備が必要なのか
皆さんは1on1を定期的に開催していますでしょうか?筆者としては、月1度でいいのでぜひ定期的に1on1をしてほしいと思っています。相手としては自分のロールやフィールドに詳しい人がベストですが、そうでなくとも傾聴ができて問題解決プロセスにある程度明るい方であれば良いと思います。周りに適当な方が見つからない場合は、フィードバックに興味がある同僚を見つけて相互にフィードバックしあう形が始めやすいかもしれません。
1on1のよくある失敗パターンは、進捗共有と雑談だけして終わるパターンと、「今日は話すことがないのでスキップします!」パターンです。1on1をコーチングの場として、すなわち「自分で見つけなければならない答えを見出すヒントを得るための場」として見たときに、まず必要なのが「答えのない問い」です。事前に問いを用意して失敗パターンを回避しましょう。すでに心のなかにあるならそれを持っていけばいいですが、ぱっと思いつかない場合は次のように自問自答してみます:
- 自分の働き方や貢献に満足できていないことはあるか?
- どのようになりたい、何をもって覚えられたいという想いに反した現状が目の前に横たわっているか?
- 3ヶ月前、6ヶ月前、1年前の自分といまの自分を比べたときに、胸を張って成長したと言えるか?
問いが見つかればこれを分解し、自分で解決できることを除いていきます。例えば自分の貢献が足りないなと気づいて分析した結果、睡眠が足りないので朝会に遅刻することが多いという問題を見つけたとしましょう。このとき「早寝早起きする」のがすでに実行可能なのであれば、相談は必要ないでしょう。しかし「夜遅くまで業務が入ってしまう」「ストレスでなかなか寝付けない」などの事実があるなら、これは1on1に持っていく価値がありそうです。
自分で解決できない問いをいくつか用意したら、1on1が始まる前にこれを議事録に書いて相手に共有しましょう。相手は相談の内容に応じて準備するでしょうし、自分もなにが邪魔して「自分で解決できない問い」になっているのかを考える時間ができます。こうした準備がコーチングにおける傾聴と振り返りを可能にします。
コーチングが健康に効く理由
まずコーチングには承認と呼ばれる、あなたの挑戦やできていることを認めるプロセスがあります。これが自己肯定感の醸成につながるため、新しいことに挑戦していてまとまった成果が出にくい時期には特に、コーチングを受ける側のメンタルを守るすべとして期待ができます。ある程度経験を積んでいい意味で鈍感になれば、このようなフィードバックがなくても自尊心を維持できることもあるとは思いますが、特に新卒採用をするときには組織的にコーチングを行う体制が必要になるでしょう。
次に、これは人によるとは思いますが、少なくとも自分は身体の過負荷に対するサインって普通に生活してたらけっこう見逃すんですよ。ので「最近どう?元気?」と聞かれて「いやー全然ダメですね」と答えることはあまりありません。サインに自分で気づいたころにはもう戻れないところまで来ていたりします。
つまり「あっ、このまま行くとヤバいな」と気づくには才能や経験が必要なんですね。よって朝会や飲み会のような「最近どう?」ではなく、1on1という問題を意識的に俎上に載せる場が同僚の健康を守ることに繋がると考えています。
コーチングする側への手引き
もしあなたがコーチングをする側なら、ひとつルールを定めましょう。それは「進捗共有はするな!」です。進捗共有は朝会のようなチームに開かれた定例で充分に行われるべきだからです。不純物は取り除きましょう。
また1on1は業務上の問題を相談する場でもないので、「1on1が開催されるまで問題をしまっておく」ような動きが見えた場合もこれをやめてもらう必要があります。業務上の問題はリアルタイムにチーム内あるいはエスカレーションをもって相談するべきです。マネジメントが忙しそうだとなかなか報連相できない、という方は一定数いらっしゃるものなので、口を酸っぱくして「いつでも来てね!」というスタンスを伝えていく必要があります。自分は以下のルールをオフィスのキュービクルに貼っていました(とあるネットスラングの改変です)。
1. Your boss always has time to talk with you. 2. If your boss seems busy and hard to talk with, see the rule number 1.
そして自分では解決できない問いだけが1on1の場に残ったとき、はじめて傾聴や質問、承認といったコーチングを行えるようになります。その問いはおそらくコーチングをする側であるあなたにも答えられないものでしょう。もしティーチングが有効そうならコーチングからさっと切り替えてしまってもいいですが、まずは傾聴することを勧めます。
まとめ
コーチングは自己成長と健康のために活用できるテクニックです。受ける側としてもする側としても、きっと学べることがあると思うので挑戦してみてください。特に準備の有無で体験が大きく変わりますので、1on1にマンネリを感じている方もテコ入れの一環としてコーチングを取り入れてみてほしいです。1on1をやっていないという方は、これを機に取り入れてみてはいかがでしょうか。